ふぁるまちすたあぽてーかー ~薬と本とときどき彼女~

このブログでは薬学的なこと趣味の読書(漫画含む)、ときおり彼女との話を書いてます

どこにいくじゃなくてそこで自分がどうあるか

f:id:junjun24:20200513210849j:plain

僕は今薬剤師をしている

教師になりたかったが、文系の教科がどうしても点数が伸びなかったこと、さらに一浪することは家庭の事情を考えるとできなかった。

教師になれないなら人と接する仕事がしたい、医療職がいい、看護師になろうと思った。

しかし、友人のお母さんに

「男の看護師さんは女性社会で生き抜くことは大変だよ?」

そう言われて怖気づいてしまった。

それならば、父が薬剤師をしていたので自分も薬剤師になろうと思い、薬科大学を目指したのが高校三年生の夏休みの終わりぐらい。

目指すには少し遅かったと思う。

僕は北国出身なのだが、都会に憧れ大学進学は東京を目指した。

東京の薬科大学は自分の偏差値では少し厳しい状況だった。

勉強はしたと思う。だけど、‘自分なりに‘だ。

少し厳しい状況であれば自分なりに頑張っても届かない。

それはうすうすわかっていた。

東京の薬科大学のほか、地元の大学も受けることにした。

偏差値には大きく差がある。

正直、地元の大学に進学するつもりはなかった。

けれど、両親に頭をさげて一浪する覚悟もできていなかった。

そんな中途半端な気持ちを抱えながら勉強しても身にならない。

あっという間に時間は過ぎていき、受験当日になった。

地元の大学の受験も、本命の東京の薬科大学の受験日程を優先したため、東京の会場で受験し、手ごたえはそこそこ

本命の大学の受験日を迎える前に地元の大学の合格発表があり、合格していた。

いくつもりがなかったので、あまりうれしさはなかったと記憶している。

本命の大学受験当日

テストをみた瞬間

自分がここの大学のレベルに達していないとわかった。

絶望と今後の自分がどうあればいいのか全くわからず、帰路についた。

受験をするにあたって、東京にいる祖父の家に泊まらせてもらい、受験を迎えていた。

本命の大学受験が色々な意味で終わった日。

焦燥感いっぱいの表情だったため祖母はしきりに「大丈夫?」と聞いてきてくれた。

祖父母に心配はかけられないと、僕は大丈夫と答え続けた。

翌日の朝食後

祖父は新聞を読みながらたばこを吸っていた

新聞で祖父の顔は隠れていたが、急に僕に向かって話し始めたのだ。

 

「どこに行くかが大事じゃなくて、たどり着いた場所で自分がどうあるか、どうするかが大事なんだ

 

そうやって短い言葉を言って、また新聞を読み始めた。

 

僕はこの言葉に救われた。

どこに行く、場所にばかりこだわっていて、自分がどうするか、どうあればいいか全く考えていなかった。

この一言のおかげで自分は地元の大学に進学することを決めた。

祖父の言葉は常に自分の中にある。

どこにいるかじゃない、自分がどうあるべきか

常にこのことを考えて生きていたい。

僕は自分の道を照らしてくれた

祖父に会いたい

 

今週のお題「会いたい人」